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読書:『コンビニ人間』

村田 沙耶香『コンビニ人間』、芥川賞とってるそうですね。普通に大学出て、就職し、結婚する。そんな普通に違和感を覚える異物の存在。コンビニアルバイト歴18年でコンビニとゆうシステムに一体化し帰属する主人公のお話です。
この世界観って、カフカが『審判』で書いたものの現代版だなと思う。『審判』でな、法の網目に絡め取られつつ、その中に自分の確かな存在を発見する(でもその法によって裁かれて排除されるんですが)。カフカも確か昼間は真面目な公務員やってたそうなんで、そうゆうルーティーンに埋没する個の存在とゆう見方は、共通するものがあるのかもしれません。社会の異物といえば『変身』の題材そのままですね。
福岡伸一『生物と無生物のあいだ』によると、人間は穴の空いた管のようなものだという。食べ物を食べて、排出する一本の管。さらに食べた物の一部を吸収し、管の一部を入れ替えて、古い部品を排出する。何十兆かの細胞は数ヶ月とか数年前で全て入れ替わるらしい。つまり今の自分と数年後の自分は全く別の物質だと。管とゆうシステム・仕組みだけが変わらずに、あとは変わってゆくものだとゆう。
そうなると人間の存在とはなんと希薄なものかと感じる。そう、ボーヴォワールが『人間について』で述べたように、人間には計画する意志にしか実存は望めないのかもしれない。
自分がもしこの世に生まれてなかったとしても、世界は充足されており、そこには何も不足はない。人間は不在を前提に生まれて来るわけではない。ただここに居るのだと思うことしか存在を説明できない。
こうした個の満たされない感覚を社会とゆうシステムは満たしてくれるのだろう。存在の相対化。つまり、右があるから左がある、地面があるから空がある、あなたがいるから私がいる。あなたが見る私への視線で、ようやく私は私の存在に満足することができる。タルコット・パーソンズの機能主義も、Oasisが歌うMasterplanも、そしてコンビニも、そのシステムの一部に取り込む力の源はこんなとこでしょうか。
そしてやがて、そのシステムにあわせた細胞に入れ替わることを強要する。システムと完全に同化するのである。
国であれ、仕事であれ、家族であれ、恋人であれ、人は帰属・所属・共感・役割り・居場所を欲しているように見える
。そこに違和感を感じる人はまた、その排除された人たちで新しい社会を作るのかもしれない。東南アジアの中国人であれ、中欧のユダヤ人であれ、コンビニ店員であれ。

追記:意図せず枠線が出てしまう…。はてな使いこなせてません…